本の整理をしていた時のことだ。 埃を払おうと引き出した本は、見たことの無い表紙だった。普段ならそこまで気に止めないのだが、その本に付いていた帯に優しい色で、しかし目立つように印刷されていた一文に、ふと目が止まった。 どこかの歴史的著名人のような口振りで綴られたそれは、本文から引用されたものらしい。しかもどうやら恋愛小説だ。 へえ、と美咲は表紙を見つめる。 BL以外で秋彦がどんな小説を書いているのかよく知らないが、あの秋彦が恋愛モノを書くというのは少し意外な感じがした。(いや、BLも一応恋愛小説に分類されるのか・・・?) よく見ると同じ列に並べられた本は見覚えの無いものばかりで、どうや全て随分前の著書みたいだ。それはつまり、昔の秋彦が書いた小説。 その時、普段は読むことのない本に、しかし美咲は強く興味を惹かれた。そこに自分の知らない、昔の秋彦が書かれているような気がしたのだ。 手にしていた本のあらすじに目を通すと、それは1人の小説家の恋物語だった。気が付けば美咲は本を開き、最初の一ページから文字の羅列を目で追い始めていた。そして掃除をしていたことを忘れ、そのまま本の世界へと集中していった。 「じゃ…おやすみ、頑張って、ね…」 猛然とキーボードを叩く徹夜2日目を迎えた秋彦に、最早美咲の声など届いていないように思う。 気分転換のつもりかリビングで仕事を始めた秋彦の周りは、たった1日で資料とクマが散乱し、酷い惨状となっていた。いつもなら怒鳴り散らしてやりたい所だが、今近付くのはかなり危険だ。ここはひとまず大人しく退散した方が良いだろう。 部屋に戻った美咲は布団に入ると、先程書斎から拝借した本を開く。さっき読んでいた時は、秋彦が突然部屋に入ってきたために慌てて読むのを中断したのだ。何となく、目の前では読まない方が良い気がしたから。 短い話だったため、半分以上読み進めていた本はすぐに読み終えた。最後のページをじっと見つめ、一度ぱたんと閉じる。胸を締め上げる何かがこみ上げてきて、それは美咲をどうしようもなく切ない気持ちにさせる。また本を開くと、特定の場所を開くわけでもなく、ぱらぱらとページを捲った。 それは、とてもとても優しく誠実で、悲しい話だった。 読み終わった後にふと思い浮かんだのは、冬の日に孝浩の結婚を喜んだ秋彦の姿だった。満面の笑みを浮かべ、大切な親友の報告を心の底から祝う嬉しそうな声。そこから悲痛の叫びを聞きとることは出来ない。 痛みに流される筈の涙も、酷く歪んでいる筈の表情も。 全てがまるで存在しないかのように、その優しい言葉の下に、綺麗に隠されてしまっていた。 どんなに思い出そうと試みても、浮かんでくるのは自分の兄とその親友が幸せそうに笑う姿で、そこから苦しみを見つけ出すことは出来なかった。 突然の衝動から、美咲は布団の中で手にしていた本をぎゅっと抱き込んだ。 そしてそのまま暫くの間、動くことが出来なかった。 私には万人が恋をする物語は書けても、 たった1人を恋に落とす恋文が書けないのです 随分昔書いたものが漁ったら出てきたので、加筆修正を加えてアップ。 どうして書いたのか、よく思い出せない代物です。 2011.01.22 |