* * *

「できた!」
突然上がった声に振り返ると、さっきからテーブルで何やら作業をしていた美咲が高々と一枚の葉書を手に掲げている。通りがかりにすっと取り上げてみれば、そこには相変わらず癖の強い字で、新年の挨拶の下りが書かれていた。
「あ、こら、返せよ!」
「お前、去年こんなもの書いてたか?」
「毎年書いてるっつーの、俺はウサギさんと違って常識人なんだよ」
そう言いながら、美咲は秋彦の手から年賀状を奪い返す。テーブルには他にも何枚か完成品と思われる葉書が散乱していて、まだ白紙の物も何枚か残っていた。
「じゃあ、俺も書く」
隣の椅子に腰かけると、美咲がぎょっとした表情を向けてくる。
「えっ、ウサギさんに送る相手なんているの?」
「…失礼な奴だな」
まだ何も書かれていない葉書を一枚取り上げて、すらすらと文字を綴っていく。すると横からひょっこり覗きこんで来た美咲が感嘆の声を上げた。
「前から思ってたけど、やっぱウサギさんって字上手いね」
「お前が汚すぎるだけだろう」
「うっせーな」
書き上がった葉書を見つめながら、幼馴染にでも送るかとぼんやり考える。彼には小学校時代に二、三度送ったきり、こういったやり取りは全くしていない。唐突に、しかも秋彦から届いたとなれば、かなり驚くんじゃないだろうか。
「あ、でもこれじゃあちょっと寂しいかも」
不意に美咲が葉書の一点を指差すと、なるほどそこには不自然な空白が出来ている。
「挨拶しか書かれてないし、もっと他に何か書いたら?」
「例えば?」
「相手へのメッセージとか、イラストとか?」
そこでふと考え込む。あの幼馴染へ改めて宛てるようなメッセージなど無い。大体、何年もの間こんなやり取りをしたことが無かったため、今更何を書けば良いのか全く思いつきもなかった。しばしの沈黙、一体どうするべきだろうか。
「――…イラスト、か」
暫く経ってから、思い立ったようにぽつりと呟かれた言葉に、美咲が勢いよくこちらを振り返る。

今年の干支は、確か―――――

* * *

ひゅ、と吹いた風に、美咲がぶるりと肩を竦める。只でさえ小さな体が更に小さく見えるな、などと考えながら、少し前を歩く背中をぼんやりと見つめる。
それに加えて、相変わらず可愛らしいマフラーの結び目。思いがけずに軽く噴き出してしまうと、美咲が訝しげにこちらを振り返った。
「…んだよ」
「いや、可愛いなと思って」
「なっ!わ、訳分かんねぇ」
勢い良く前に向き直った背中が、ずんずんと足早に進み出す。すると今度はちょこちょこ揺れるマフラーの結び目を視線が捉えた。
再び込み上げた笑いを寸の所で噛み殺す。これ以上不機嫌にさせてしまったら、きっと口を利いてくれなくなってしまうだろう。しかし一度意識してしまうと、その背中から目を離すことが出来ず、笑いもなかなか収まってはくれない。
置いて行かれぬように、その後を足早に付いて行く。時々口からクスクス零れる小さな笑いが、美咲を苛々と振り返らせた。

* * *

「よし、これでオッケー」
たった今年賀状を投函したポストを前に、美咲は満足げに頷くと秋彦の方へと向き直る。
「そーだ、今日はついでにお節とかの買い物も一緒に住済ませちゃうから、ちょっと大荷物になるよ」
「やっぱり車で来るべきだったな」
「え?別にいーよ、すぐそこだし」
スーパーまでの僅かな道のりを、今度は二人、隣り合って歩んで行く。
口から零れるのは、ほわりと白く柔らかな吐息と、今年は何を詰めようかという他愛の無い話。
今は言葉でしか紡がれていない惣菜たちは、今年も綺麗に重箱の中を彩るのだろう。
「今年は伊達巻、鈴木さん型にして」
「いや、無理だから」




2011 Jan.1

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