不意に手首を掴まれる。そのまま秋彦は自分の頬へ添えた美咲の手のひらへ、そっとキスを落とした。あまりにも自然で静かな施しに思わず経過を見守ってしまったが、目の前で行われた行為の恥ずかしさを自覚して、かあっと顔が熱くなる。
ちゅ、と音を立てた唇が、美咲の手の中で弘を描く。掴まれた腕からは普段感じない筈の脈拍がどくどくと速くなるのが分かって、触れた先からこの鼓動が伝わりませんようにと願った。

「・・・なんで、ウサギさんの方が嬉しそうなんだよ」

思えばこの人は今朝からずっと気持ち悪いぐらい機嫌が良くて、主役である美咲以上に今日という日を喜ばしく迎えているようだった。たかが歳を取るだけの日なのに、一体何がそんなに楽しいのか、よく分からない。
すると覆い被さってきた秋彦が、美咲の体をぎゅっと抱きしめてくる。重なり合った肌からは未だ熱が引いておらず、さっきまでの熱い繋がりの名残を感じさせられた。

「だって、お前が生まれた日だから」

耳元で囁かれた言葉、大切そうな響きの込められたそれは、すっと鼓膜に心地よく浸透した。広い胸に抱かれて、髪を優しく梳いてくる手つきがとても愛しい。
訳わかんねえ、と口から出てきたのはいつも通りの素直じゃない言葉。それでも真っ赤に染まった顔や、抱かれた腕の中で収まらない鼓動は隠しようも無い。
クスリと笑った秋彦は、髪を梳いていた手で美咲の頭を抱きこんでくる。まるで注ぎ込むように紡がれたその言葉は、幸せな響きそのものだった。



「誕生日、おめでとう」




2010.08.10

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