「だから嫌だと言ってるだろう」

秋彦の苛立たしげな声に、美咲は思わず洗い物をしていた手を止めてリビングの方へ目を向ける。そこには向かい合ってソファーに座った相川と秋彦、相川は一枚の写真を片手に何かを訴えている様子だった。

「私も人物が被写体のものはあまり使わない方がいいと分かってます、でもこれは世に出るべきものですよ」
「元々出すつもりで撮ったわけじゃない。とにかく、それだけは駄目だ」

普段から秋彦の意見を極力聞き入れようとしている相川にしては珍しく、随分と必死だ。しかし当の秋彦はそんな彼女の言葉にも全く耳を貸さないと言った感じだった。
どうやら次の写真集の打ち合わせらしい。テーブルには他にも沢山の写真が並べられていて、映っている風景を見ると先日遠出した際に撮ったものだった。そういえばあの時、俺も無理やり付き合わされたんだよな。

「煙草吸ってくる」
「あ、ちょっと宇佐見さん!」

引き留めようとする声をよそに、秋彦はそのままベランダへと出てしまった。こんなにも二人の意見が食い違うなんて珍しい、一体何をそんなにもめていたのだろうと不思議に思いながら、洗い物を終えた美咲は溜息を零す相川へ近付いていく。

「どうしたんですか?」
「それがねー」

相川は苦笑しながら手にしていた写真を差し出してくる。覗き込んでみて、美咲は思わずぎょっとした。

「え、俺?」

写真はやはり先日撮ったもののようだ。しかし美咲にはいつ撮られたものなのか、その覚えが全く無い。
そこに映っていたのは電車の中、窓に寄りかかってうたた寝、というより熟睡しきっている美咲の寝顔だった。写真は候補のものとは違う束の中から、相川がたまたま見つけたものらしい。なんとも気の抜けた表情をしていて、いつの間にこんなものを撮られていたかと思うと恥ずかしくなる。後であの男に文句を言わなくては。

「すっごくいい写真だからね、載せようって言ったの」

勿論美咲くんには後でちゃんと許可を取るつもりだったんだけど、と付け加えながら相川は続ける。

「どっちみち宇佐見さんがずっとあんな調子だから無理ね、よっぽど可愛い美咲くんを世間に出したくないみたい」

いや、どのみちこんな間抜け顔を世間に晒すなんて俺が許可したく無い。
勿体無いなー、と相川は未だに唸っている。もう一度写真に視線を落してみるが、この写真の何が良いのか美咲には全く分からない。柔らかな日差しを浴びて、妙に平和ボケした表情は自分でも幸せそうだな、とは思う。でもこの顔にそれほど価値があるようには思えなかった。

「写真って、不思議よね」

不意に、相川が呟く。 彼女の視線はテーブルに散らばる秋彦が映し出した数々の世界を眺めていた。

「同じ機械で同じ風景を撮ってるのに、人によって差が出てくるんだもの」
「そういうもんですか」
「うん、全然違う。特に宇佐見さんの見ている世界は、同じ世界に生てるとは思えないほどに綺麗なの」

幼い頃から写真を撮り続けてきたという秋彦。撮ったものは例えどんなものでも丁寧に現像して、大切にアルバムに保管されている。それはまぎれもなく秋彦が目にして、感動し、目に焼き付けてきた風景たちなのだ。確かにそれは、彼だけが見た他には決して無い、特別な世界を映したものなのかもしれない。
それにね、と美咲に向き直りながら相川は悪戯な笑みを浮かべる。

「この写真だって、美咲くんが宇佐見さんの目にはこんな風に映っているんだなって、分かるもの」











昨日出かけた時に電車の中で思いついた即席ネタ。相川さんはウサギさんのマネージャー・・・的な、感じ、です。写真家って仕事内容がよく分からない。 ウサギさんを先生と呼ばない相川さんって違和感ありますね。写真家は先生って呼ぶんでしょうか?(・ω・`)
最初は二人で出かける話を考えてたんですが、いつの間にかウサギさんがカメラマンになってました。そしていつの間にか外出の話ではなくその時撮った写真についての後日談に。あれ?
そしていつの間にかウサミサじゃなくて美咲+相川さんな話に、あれ・・・?←




2010.05.05

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