「何とかは風邪を引かないとよく言うが」
「うるさい・・・っゴホ、」

喉の奥はひりひりと熱を持っている、こうやって少し喋るだけでも痛みを感じて、これは本格的に不味いなと思った。
薬を飲んだのにも関わらず悪化したとはどういうことだろう。まだ寝込むほどに酷くはないが、頭がぼーっとしてきた気がしていい兆候ではないことは確かだった。

「何?」

秋彦は腕を組んだまま、美咲をじっと見ている。
今まで気づかないふりをして顔を逸らしていたのだが、あまりに長く見られていると、どうにも気になって仕方がない。

「いや、これだと不便だなと思って」
「は、一体何・・・ンっ!」

美咲の言葉は最後まで紡がれることはなく、振り返った瞬間素早い動作でマスクを外され、秋彦の口で唇と一緒に飲み込まれてしまった。
あまりに唐突だったことと、そのまま秋彦が口付けを深くしてきたことで美咲は完全に逃げ遅れた。

「ぷは、っ・・・・・・・・・いきなり何するんじゃ!!」

暫く口腔を味わうかのように掻き乱され、軽く唇を蝕まれ、ようやく離れていった頃には力が抜けて秋彦に寄りかかるような体制になっていた。しかしそれも束の間、はっと我に返った美咲は、がばっと秋彦から距離を取る。

「マスクしてると、キスが出来ない」
「なっ・・・!」

慌ててマスクを付け直すと、顔へ一気に熱が集中する。唇に布が擦れ、どうしてもさっきのキスを意識してしまう。きっと今、顔が酷く真っ赤になってるだろう。

「ばっ馬鹿はアンタだ!つか、風邪移るだろうが!!」
「馬鹿だから大丈夫」
「はぁっ!?そういう問題じゃねえだろ!」
「そういう問題」

腕を掴まれて顔から手が引き離され、覗き込んできた顔はすごく楽しそうだった。ああくそ、これはきっと風邪のせいだ。顔が熱いのも赤いのも、きっとついに熱が出てきただけで。
いつの間にか咳をすることも忘れ、手を何とか振り払った美咲は、顔を隠すようにマスクを出来るだけ引き伸ばした。


いっそのこと移ってしまえ、ばかウサギ。





2010.01.17

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