チッ、チッ、と秒針の音が耳に入ってきたことで、夢の中から意識が覚醒したことを知る。真っ暗な室内で、まどろみの中を彷徨う思考だけでは自分が今起きているのか寝ているのかすら曖昧だったろう。
目を開いたところで広がっているのは閉じている時と変わりない闇、今が何時なのかすら分からない。ただこんな真夜中に目が覚めるなんて珍しいとぼんやり思った。
完全に目が冴えてしまわないうちに寝てしまおう。ゆっくり瞳を閉じて、うつらうつらと心地いい睡魔へと意識を傾けていく。その時、微かな物音が耳を掠めた。

秒針とは違うそれに秋彦は再び目を開く。根源はどうやら廊下で、音が近づいてくるにつれそれは足音であることを知った。やがて音は秋彦の寝室の前で止まり、キィと扉の開く音が小さく響く。そろり、そろりといった様子で近づいてくる何かの方へ秋彦は暗闇に慣れた瞳を僅かに開いて視線を向けた。
当然といえば当然だが、それはやはり美咲だった。秋彦が起きていることに気がついている様子はなく、闇の中ではその表情までは伺うことが出来ない。ただ秋彦の姿を確認した瞬間、安心したかのようにため息を零したのが聞こえた。

すると美咲はそっとベッドに腰を下ろし、片隅が僅かに沈む。目を閉じてしまったため、次の行動が予測出来ないでいると、布団から出していた右手を美咲の手がぎゅっと握った。
震える手の力強さは、まるで何かに怯えているようで。
胸の奥がずさりと痛む。美咲の意図は全く分からない、しかし行動の一つ一つは秋彦をたまらなく切ない気持ちにさせた。
衝動的にぐいと腕を引いて美咲を布団の中に引き込むと、相当驚いたらしく悲鳴とも何ともつかない声を上げてながら布団へとなだれ込んできた。

「てめっ、起きて」
「大丈夫」

じたばたと暴れていた体はその一言でピタリと動きを止める。もう一度大丈夫、と告げれば強張っていた肩から力が抜けた。

「大丈夫」

頭を優しく撫でながら、何度も何度も繰り返す言葉。美咲は何も言わず、ただ腕の中に収まっていた。

「誰でも急に怖くなるときはある」

すると美咲はうんと頷いて、秋彦のパジャマをきゅ、と握って、胸にそっと顔を埋めた。

「・・・・・・夢を、みたんだ」

とてもとても、怖い夢。
ウサギさん、ウサギさん・・・ウサギさん、がね。震える声が紡ぐそれ以上の言葉を、更に体を抱き込んで無理矢理遮った。

「無理に言わなくていい」


ちゃんとここにいるから、大丈夫だから。




2009.12.11

inserted by FC2 system