「寒い・・・」

もう何度目か、数えるのも億劫になるほどに呟いた台詞。だからと言って体が温まるわけでも、周りが暖まるわけでもないのだが、出てくる言葉は同じものばかりだ。

「寒い・・・」

ニット帽にマフラー、着込んだ服の上からはコート。更に手袋を付ければ防寒対策は完璧だとばかりに外へ出たというのに、この異常な寒さは何なのだろう。
ぶるぶると肩の震えは止まらず、鼻を啜る度に冷気が食道と肺を満たし、一体どうしたものかと思う。すると隣からクスクスと笑う声が降ってきた。

「なに笑ってんだよ、人が苦しんでるってのに」 「いや、お前大袈裟なんじゃないか?」
「うるさい、俺は寒がりなんだ」

地球温暖化とがぜってー嘘だ。世界はこんなにも寒気と冷気で満たされているではないか。恨めしげに秋彦を睨みつけると、相手は相変わらず笑っていた。
畜生、俺よりも着込んでないくせに何でそんなに余裕綽々なんだよ。

「仕方ないな」
「え、なにが・・・っわ!」

角を曲がった瞬間、ぐいと思い切り腕を引かれたかと思うと、体が引き寄せられ、秋彦は美咲のニット帽に手を掛けると耳まですっぽり収まるくらい深々と被せてきた。 そのせいで視界が狭まり、更に頭を押され、俯いた状態にされた美咲は足元が覚束なくなる。すると秋彦はそんな美咲の肩を引き寄せ、そのまま歩き出した。

「うウサギさん駄目だって!」

比較的人通りの少ない道とはいえ、通行人が全くいない訳ではないのだ。いくら寒いとはいえ、この体制は流石に、かなり不味い。慌てて離れようとしたら逃がさないとばかりにぎゅうと頭を抱え込まれた。

「大丈夫。帽子で顔見えてないし、お前の身長なら男女の区別なんて付かない」
「なんだと!」
「シッ、声を出すとばれるぞ」
「うっ、」

ばくばくと脈打つ心臓の音は、厚い布越しに秋彦に伝わってしまうのではないかと思うくらい体中に響いて。体温なんて伝わるはずがないのに肩に回された腕からは熱を感じた。顔を上げられないせいで、秋彦の表情を伺うことは出来ない。でも彼からは何となく、機嫌が良さそうな雰囲気が伝わってきた。

「寒い?」
「んなすぐに温まるわけねーだろ」

と言いつつ、実際あんなに凍えていた体は秋彦に引き寄せられた瞬間からカッ、と急激に熱を持ちなかなか引く気配を見せてはくれない。顔がみえなくて、本当によかった。
小声でぼそぼそ言ったものはちゃんと耳に届いたらしく、クスリと笑う気配がした。

「端から見れば恋人同士だな」
「・・・・・・・・・・・・実際、そうじゃん」
「え?」
「なんでもない」

思わず口から出た小さな呟きは、幸いなことに秋彦の耳にはちゃんと届かなかったようだ。
やけくそとばかりに体をすり寄せてやると、秋彦の腕に力が入り、殊更強く抱き込まれる形となった。

よろよろとした足取りで進みながら、家までの距離の長さにげんなりする。ああどうか、せめて知人にだけは会うなよ。 自宅へ無事に速く着くことを願ながら、しかし美咲は秋彦の手の優しさを感じながら、もう少しだけこのままでいたいな、ともうっかり思ってしまったのだ。











毎回ながら恥かしい話ですみませ・・・ 寒い季節には寒くて暖かい話を!と思って書いたのがこんなことに、少し甘すぎました← しかも書いたのは秋の初めぐらいだったりします←




2009.12.11

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