美咲が側にいて、手を伸ばせば触れられる距離にいる。幸せな筈なのに、気が付けば毎日を怯えながら生きていた。

「ちょっと、何だよ急に!」

ふと頭をよぎった恐怖に、気が付けば衝動的に美咲を引き寄せていた。じたばたと暴れ回る体を抱いた腕に、ぎゅうと力を入れると、腕の中の存在は大人しくなる。

「どうかしたの?」

さっきまでの声色が変わり、少し不安が滲むそれに思わず苦笑する。人の感情の変化に聡い彼はこういう時、察しがいい。

「どれくらいかなって」
「へ?」

人の一など分からないから、いつどんな時離れてしまってもおかしくはない。それは10年後かもしれないし、もしかしたら明日かもしれない。
だからあとどのくらいの間、美咲と一緒に過ごせるのか。この温もりを、感じていることが出来るのか。

「それを考えたら怖くなった」
「縁起でも無いこと言うな、明日かどうかはともかくそういう日は来るもんだし」
「それでも」

ずっと一緒にいたい。ずっとこの温もりを感じていたい。

「出来ることなら、永遠にお前といられたらいいのにな」
「なっ・・・!」

胸の辺りで、心臓がドクリと跳ねたのが回していた腕に伝わった。ばくばくと脈打つ鼓動は速まるばかりだ。

「馬鹿言うな!・・・お、俺は嫌だよ」
「どうして?」
「だっ、だって」

顔を近づけるとカッと頬を染める。そんな様子が可愛くてまじまじと観察すると、美咲はふいと視線を逸らした。

「有り難みねえっつうか」
「え?」
「終わりがあるからこそ、大切にしなきゃ、って。思えるんだろうし」

終わりは必然的に訪れるものであって、それがいつなのかなんて分からないし、変えることも出来ない。それは悲しいことかもしれないけれど、限りがあるからこそ必死になれて、短いかもしれないからこそ、きっと相手を大切だって思える。

そういうもんだろ?

ぶっきらぼうに言葉を紡ぐ美咲から伝わる鼓動は、相変わらず速くて。

「永遠なんかあってもさ、つまんないよ」

心の中で言葉を反芻する。さっきまであんなに不安だった筈なのに、いつの間にか染み込んできた言葉にわだかまりは何処かへ消えてしまっていて。
ああ、そうなのかもしれないな。

「何だよ、何か言えよ」

黙り込んだ秋彦を不審に思ったのか、美咲俯いたまま言う。表情は見えないが、真っ赤な顔が髪の間から見え隠れしていて。もう一度ぎゅっと抱きしめると、苦しい離せと抵抗を再開し始めた。

「じゃあ、その限りある時間は有効活用しないとな」
「はあ?何を・・・ってちょっ!」

美咲を抱きかかえて、向かう先は勿論。

「何って、決まっているだろう」
「・・・っざけんな下ろせ!下ろしやがれぇっ!」
「部屋についたらな」

いつか終わりが来るのは、どうしても変えることの出来ない現実だけれど。
だからこそ、君と過ごす時をこんなにも愛しいと思える。つまり、きっとそういうことなんだろう。

玩具だらけの寝室へと向かいながら、秋彦はそんなことを考えた。







2009.10.07

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