無駄に広いダイニングに響くのは、2人分の蕎麦をすする音。昨年から通い積めて、大分慣れた筈の部屋の雰囲気が今日は何だか落ち着かない。兄の存在が常だった位置に違う人物が座っていることに、美咲は不思議な気持ちになった。ふと視線を感じて顔をあげると、秋彦がこちらを見つめていた。

「何?」
「いや、これからこの光景が当たり前になるんだな、と思って」
「ああ、・・・てゆーかさ、本当に大丈夫だった?」
「何が?」
「いや、その。俺がここにいること。今更だけど」

秋彦は自分のテリトリーに他人を入れることを極端に嫌う。同居を提案してくれたのは彼だけど、実は未だ気にかかっていた。気まずそうに告げると、秋彦がふっと笑った。

「平気だって、少しでも嫌だと思ったらこんなこと言わないって前に言っただろう」
「ああ、うん」

視線を器に移して、天ぷらを口に運ぶ。偽りのない言葉に、美咲は内心で安堵と喜びを感じた。

「ご飯は毎日、一緒に食べよう」
「え、いいけど何で?」
「一般中流階層家庭では皆そうだと聞いた」
「あーハイハイ。・・・まあ、1人で食べても味気ないしね」

そう言って蕎麦をすすると、秋彦の箸がピタリと止まった気配がした。不審に思って顔を上げると、秋彦は驚いた顔をしていて。

「ん、どうしたの?」
「・・・そんなこと、思ったことも無かった」
「なにが?」
「確かに味気ない」

はあ?何だそれ。
よく分からなかったけど、何か嬉しそうな顔してるからまあ別にいいか。汁を全部飲み干して、立ち上がろうとしたらまた秋彦と目があった。

「これからよろしくお願いします」
「え、ああハイ。お願いします」

急に改まった秋彦につられて、美咲もぺこりと頭を下げる。なんか違和感は抜けないけれど、今日から始まる生活に、少しだけ高揚している自分がいた。

「あ、ウサギさん蕎麦湯飲む?」











同居初日はどんな感じだったのかな、って妄想から派生した話。 美咲が生活に加わったことで、一人で過ごしていた時には気が付かなかったこととか、新しい発見を沢山見つけていくのだろうなと思います。 ちなみに、引っ越し蕎麦は本来「おそばに参りました」の意を込めて、近隣に近づきのしるしに配る蕎麦のことだそうです(・3・)




2009.10.03

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