コーヒーの香りが鼻を掠めて読みかけの原稿から顔を上げると、コトリとテーブルに湯気の立ち上るカップが置かれた。

「どうぞ」
「いつもありがとう」

流石に疲れたかもしれない。徹夜続きで思うように文章が頭に入って来ないのでは確認の意味が無いと判断し、少し休憩することにした。原稿をテーブルに置いて、持ってきてもらったカップに口を付ける。
恒例のごとく締め切りギリギリの状況は変わらない。普段の修羅場に比べればまだ軽いほうだが、この原稿だって、確認が済んだらすぐ印刷所へ持って行かなければならなかった。 眉間を揉みほぐしながら、ソファーの背もたれに寄りかかる。

「あの、それってまたBLですか・・・?」

横で立ち尽くしていた少年の視線がテーブルの原稿へと注がれる。また自身の名前が出されているのではないかと恐々としているみたいだ。

「今回は普通の話よ。純情な恋愛もの」
「そうですか、よかったー」

安心したように、しかしげんなりとため息を吐く姿に思わず笑みが零れた。

「BLでは、ないんだけどね」
「え?」

以前の先生からは全く想像が付かなかった一面。最近の作品には孤独や殺伐とした感情は微塵も感じられなくなって、とても優しいものになった。こんな風に先生を変えてしまったのは、きっと。
再び文面に目を通し始める。そこに綴られているのは、何処となく横にいる少年を思わせるような登場人物に、愛を捧げる主人公。それはもう、甘く溜め息が出そうなほどに。 それは何だか、文章を通して惚気られているようだ。本人はきっと無自覚なのだろうけれど。

「本当に愛されてるのね」
「へ、ちょ!やっぱBLなんじゃないですか!?」


だから違うって、 誰かさんへのラブレターよ




2009.09.28

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