――ザアァァァ・・・

今日の天気は最近の中で一番酷いものだ。色濃い灰色の雲はまだ昼間だというのに辺りを薄暗く染め、降りしきる雨は激しく地面に打ちつける。別に外へ出掛ける予定など無いから良いものの、滝のように降り続けるそれに秋彦はげんなりとした。
書斎に響くキーボードの無機質な音と、容赦ない雨音。ふと口寂しいと感じ横に置いていた箱を手にすると、中身は既に空だった。内心で舌打ちする。
仕方が無いと車の鍵を手に秋彦は書斎を出た。

「出かけるの?」

階段を下っていた所で美咲がぱたぱたとやや慌ただしく近づいてきた。

「タバコ買ってくる」
「でもさ、外雨凄いよ?」
「車で行くから平気」

玄関へ向かうと更にその後を美咲がひょこひょこと付いてくる。不審に思って振り向くと、美咲はびくりとした。

「何?」
「あ、いや、今日じゃなくてもいいんじゃない?たまには禁煙しろよ」
「そんなものしてられるか。大丈夫だよ、すぐ帰ってく―」
「でも!っ・・・・・・・・・」

言葉を遮り、美咲は半ば叫ぶように言った。僅かに震えている肩が弱々しく、瞳は請うように秋彦を見つめている。
始めは驚いていたが、やがて軽くため息をつくと、美咲の頭をくしゃくしゃと撫で回してやる。普段は抵抗したり悪態をつく癖に、今日はされるがままになっていた。

「お前はどうして、素直に"行くな"と言えないんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

俯いてしまった美咲を優しく抱きしめる。体の震えが腕に伝わって、ひどく切ない気持ちになった。暫くして体を離すと、秋彦は履きかけていた靴を脱いだ。

「え、」
「やめた。美咲の言うとおり、たまには禁煙もいいだろう」

そして再び抱きしめてやれば、腕の中から消え入りそうなありがとうの言葉が聞こえた。


大丈夫だよ
何処にも行ったりはしないから




2009.09.26

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