抱きしめた体からふわりとタバコの匂いがした。泣きすぎたせいで頭はズキズキして、目は涙とふやけた瞼のせいで上手く開かない。不意に肩に埋められていた頭が持ち上がって、秋彦が美咲から離れていく。背中に回した手を離す瞬間、少しだけ残念だな、なんて思ってしまって。
顔を上げた秋彦の顔はさっきと全く変わりがない。むしろ綺麗すぎてむかつく。泣いていた筈なのに、美咲とは対象的で、目元は腫れてないし、鼻水だって垂らしてない。何か不公平だ。

「行こうか」
「え、何処へ?」
「酒、買ってくるんだろ?」

頭をくしゃりと撫で回される。そのせいで頭に付いていた雪が地肌をひやりと濡らし、冷たいやめろと言えば、秋彦は声を立てて笑った。 先に歩き出した彼の後に続く、もうさっきの弱々しさなんか微塵も感じさせなくて、すっかりいつも通りの秋彦に戻っていた。そんな姿に安堵と淋しさを感じながら大きな背中を追って歩く。

「美咲」
「何?」
「まだ鼻声だな」
「るせぇ、」

するといきなり振り返った秋彦の視線が、美咲を真っ直ぐに捉える。その表情は笑顔だった。

「ありがとう」

その表情に不覚にもどきりとしてしまって。理由の分からない胸の高鳴りをかき消すように、美咲は足早に秋彦を追い抜いて先を進む。

「ほら、早くいかないとっ、兄ちゃん達心配する!」

すると秋彦がクスクス笑い、後ろから付いてくる気配がした。

今が暗い夜道で良かったと思う。でないときっと、この顔の火照りがばれてしまったかもしれないから。




2009.09.25

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