気分転換のつもりで仕事部屋からパソコンを持ち出し、リビングのソファーへと場所を変える。鈴木さんが鎮座している横でカタカタと手を進めていると、美咲が洗濯籠を片手にベランダから戻ってきた。

「あ、ウサギさん。コーヒー飲む?」

執筆する手は止めず、頼む、と軽く返答する。話の続きを頭の中で巡らせていると、暫くして美咲がマグカップを片手に戻ってきた。
カップをテーブルにコト、と置いた瞬間、美咲は何故かそのままピタリと動きを止める。不審に思って顔を上げると、秋彦の顔をまじまじとのぞき込んでいた。
その表情は何処か引きつっている。

「どうした?」
「あ、いやなんでもない」

どう見ても何でもないって顔じゃないのに。訝しげな視線を送ると、美咲は思い出したかのようにあっ、買い物行かなきゃ!と言ってすぐさま身を翻し、バタバタと慌ただしく出ていこうとした。
が、そんな背中を秋彦の腕が捉える。

「んだよ、離せって」
「何かあるなら言え」
「だから何でもないって」
「美咲」

腕の中で暴れまわる体を逃がすものかとぎゅうと力を入れて抱きしめる。
すると観念したかのように抵抗を止め、ぼそりと呟くように言った。

「それ、なんだよ」
「なにが?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・首筋の」

初め何を指して言ったのかが理解できなかった。暫く逡巡した後、思い当たった答えにああ、と思わずクスリと笑ってしまった。

「何で笑ってんだよ!」
いや、お前覚えてないのか?」

すると美咲は訳が分からないという風に首だけこちらに振り返る。その唇に不意打ちを食らわせてやれば、美咲の顔はあっというまに紅潮した。

「てめっ何しやがる!つーかはぐらかすなよ!」
「はぐらかしてないよ」

ただあまりにも美咲が可愛かったから。

「だって、これはお前が自分で付けただろう」
「はあ?誰が、ってかいつの話だよ」
「一昨日。飲み会から帰ってきて、いきなり俺に抱きついてきたじゃないか」

その時付けられたんだよ、まあ酷く泥酔してたから忘れてて当然だな。と告げると、美咲は顔を青くしたり赤くしたりと表情を変えた。

「昨日はタートルネック着てたし、強く吸われたとは思ったが、まさか今日まで残ってるとはな」
「でっ、でも昨日は一言もそんなこと」
「言おうとしたら遮ったのは何処のどいつだ」
「うっ・・・・・・」

真っ赤になって俯いてしまった姿がたまらなく愛しくて、くるりと体の向きを変えると額に優しくキスを施す。自分で付けた鬱血の痕に嫉妬する彼が、どうしようもなく。

「お前は本当に、可愛いね」
「っるさい!」
「一昨日も可愛かったよ、あの夜は」
「わーっ!それ以上言うな!」

ああ、本当にどうしてくれようか。




2009.09.22

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