※死ネタ注意

窓の外に広がるのはモノクロームの世界、降り続ける雨は静かに地上を濡らしていた。
震える手でそっと扉を閉める。暫くその場から動くことが出来なくて、立ち尽くしていると、隣にいた野分が躊躇いがちに口を開いた。

「ヒロさん」

何かを言いたげにしていた野分だが、しかし彼がそれ以上言葉を紡ぐことはなかった。そんな彼の方へ顔を向けたが、すぐに視線を足元へと落とした。
廊下の空気は、今までいた部屋よりも寒い。呼吸を繰り返す度、肺まで冷えていくようだった。

「ここは寒い、行こう」

静かにそう告げて歩き出せば、野分が後ろから付いてくる気配がした。
立ち去る直前、もう一度目の前の病室へ目を向ける。今、この中にいるのはあの二人だけだ。部屋からでる寸前に振り返った時の光景が頭をよぎって、胸がずきりと痛んだ。

薄暗い室内の窓際に設けられたベッド。その縁に腰を下ろした秋彦は、美咲の体を抱きしめていた。ぎゅう、とその腕に力を込めても、決して抱き返されることはない。それでも秋彦はその冷たい体を離そうとはしなかった。四角く切り取られた灰色の空を背景に、その光景はあまりにも淋しくて、悲しいもので。




最近、恋人ができた

いつだったか、秋彦が大学へ押し掛けて来たときのこと。普段と何ら変わらない口調で告げられたこの一言に、ひどく驚いたのを覚えている。
それからも時々話題に登場する同居人の存在。秋彦は多く語らなかったが、その話をするときの声や表情は、いつになく幸せそうで。
ようやくこいつにも、一緒にいて嬉しいと思える人ができたと、お馴染みの幸せを願ってきた自分としては、本当に嬉しことだった。タカヒロのへの片思いで苦しんだ分、これからはそれ以上の幸せを手にすることが出来ればいい。

そう、思っていたのに。




ウサギさん

それは、薄暗い病室に消え入ってしまいそうなほど、小さな声。
酷く苦しい筈なのに、それでも美咲は弱々しい笑みを浮かべている。後ろ姿からでは、秋彦が今どんな表情をしているのかは分からなかった。
美咲が顔を近づけた秋彦の耳元に、何かを囁く。ここからでは何を言ったのかは聞こえなかったが、美咲の手を握る秋彦がぎゅ、と力を込めたのが分かった。
暫くして秋彦がゆっくりと顔を上げる、そして美咲に向かって、低くて優しい、穏やかな声で美咲の名前を読んだ。
その響きに今以上に破顔した彼は、とても幸せそうで。

――同時に、無機質な電子音が病室に響き渡った。






「あいつの兄貴は?」
「出張中だったみたいで、今こっちへ向かってるらしいです」
「そうか」

辺りは恐ろしく静かで、僅かな雨音のする静寂の中、廊下に響く二人分の足音。人の感情を全て測り知ることなんて不可能だ。どんなに理解しようとしても、目に見えないそれの大きさがどれほどかなんて分かる筈が無い。
特にあのお馴染みは人一倍感受性が強いから、それこそ悲しみの深さがどれほどのものか俺には分からない。それは秋彦が、どれだけ彼を大切に想っていたかを誰よりも知っている自分にすら。
否、知っているからこそ分からないのだ。
到着した孝浩が唯一の肉親の死に嘆き悲しむのを、秋彦は一体どのような心情で慰めるのだろう。


窓の外は相変わらずで、空を覆った灰色は色濃い。そんな空を見上げて、弘樹はもう一度離れた病室を思った。


雨は暫く、止みそうにない。











ヒロさんは幼い頃からウサギさんと一緒にいて、だからウサギさんのことを一番理解してると解釈しています。 だから感じ取り方の大きな違いとか、よく知っているわけで。だからこそウサギさんの傷の深さがどれほどか全く想像が付かないと思うんですよね。なんて妄想から派生した今回の話でした。 原作にはウサギさんモノローグが全く無いので、彼の奥底の心情というのは普段は謎に包まれていて、管理人は彼が純情カプ達の中で一番計り知れない人だな、なんて思っています。




2009.09.19

inserted by FC2 system