「真奈美の様子が、おかしいんだ」

午後の陽気が心地良い昼下がり、しかし今リビングに流れる空気と目の前の男の表情はとても不穏なものだった。コーヒーから立ち上る湯気は不気味にゆらめき、まるで男の心情そのものを表しているかのようだ。最近では家族揃って訪れることが常となっていた孝浩だが、今日は珍しくたった一人で秋彦の家へとやってきた。今は美咲も大学へ行っているため、いない。ソファーに向かい合って座り、いつもなら久々の再開に互いの近況など様々な話に花を咲かせているのだが、孝浩の第一声以来、二人の間に流れるのは重い沈黙ばかりだ。ついに耐えかねた秋彦がそれで、と先を促すと、両手を顔の前で組み、落ち着きなく視線を彷徨させながら、漸く孝浩はゆっくりと、重い口を開く。

「――最近、あいつ、よく本を読むようになったんだけどさ・・・・・・いや、本は関係あるのかまだ分からないけれど、とにかくそれからなんだ、何か、色々と・・・」
「色々と?」
「・・・様子が、変なんだ」

どうやら自らの伴侶の異変に確信を持ってはいるものの、どう説明すべきなのか、またどこから話すべきかを考えあぐねいているようだ。秋彦はそんな彼に呆れた素振りを見せることなく、大人しく言葉を待っていた。普段から悩みという名の惚気話は浴びるほどに聞かされているが、どうやら今回のものは雰囲気が違う。それにここまで深刻そうな顔をしている孝浩を見るのは、本当に珍しいことだったのだ。

「・・・オリーブオイル」
「は?」

突然口を開いた孝浩が、ぽつりと零す。意味が全く掴めず、秋彦は孝浩の顔をまじまじと見つめる。すると孝浩はあ、いや、とたじろぎながら言葉をつづけた。

「何か、すっごいにやにやしてたんだよ、この間。オリーブオイルの瓶を見つめて」




2010 June.26

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